敗戦の日に

  • 2017.08.15 Tuesday
  • 22:00

ある書で地政学(※)という思考法があることを知ったのは青年期だが、今はその著者も書名も憶えていない。今も似た状況にあるのかもしれないが、地政学は当時はより日本社会から遊離した思考法だった。これも先の敗戦がもたらした現象の一つであったかもしれない。しかし、これは戦前の社会ではより一般的なものであったろうと考えられる。

※地政学−地理的な環境が国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響を、巨視的な視点で研究するもの (wikipedia

 

じぶんが定年を迎えようとする頃から、世界的に自然/社会が変動期に入ったような印象に捕らわれてきた。定年から十年を経て、現に様々な現象が惹起されるのが見うけられる。特に国際情勢は西も東も緊迫しており、若い頃はじぶんの老後がこんな国際情勢になるとは予想もしなかった。より安定した国際情勢を期待していたのである。

 

じぶんは敗戦から二年後の1947年生まれで、今思えば少年期の世間にはまだ敗戦の空気がうっすらと残っていた気がする。学校の教師はほとんど左派の色合いが濃かったように思う。厭戦気分が強く、特に自衛隊に対する感情は否定的なものだっと思う。そんな中、少年期のじぶんは軍艦、軍用機のメカに対する興味から第二次大戦に興味を持ち始めていった。

 

その為、太平洋戦争域を表す下図のイメージは少年の頭に入っていた。勿論、太平洋戦争の歴史的意味などはほとんど理解していなかった。ほとんどゲーム感覚だったように思う。

 

しかし、じぶんも太平洋戦争時の軍事に対する関心を表に出すことはしなかった。何となくそれはタブーという、そんな空気があったのである。そんな社会状況の中、この国の大人たちもあの大戦を反省(悔やむことではない)することを怠った。

 

太平洋戦争史を読んで、日本が海洋国家であることは少年の頭でも何となく理解できた。連合艦隊はその象徴だったのである。最初に空母を核にした機動部隊を稼働させたのは大戦期の日本だった。

 

じぶんはこんな少年期をおくったので、戦後の日本を表す下図のイメージも普通に認識していた。しかし、今、このイメージすらこの国の多くの人々に欠けているのではないかと危惧している。

 

じぶんの少年期、日本の仮想敵国?はソビエトだった。少年の頭の中には、この国の防衛には広大な太平洋海域を活用した防衛構想が必要であるとの妄想があった。日本列島内の自衛隊基地もさることながら、太平洋海域の島々と艦船を利用した防衛システムを構築し、大洋側から本土を防衛するという構想である。

 

このガキの構想にリアリティがあるかどうかではない。少年期にこの位の想念を持っていたということなのである。今は、大の大人ですら、少なからぬ人々が左図のイメージすら自らの頭に無いのではないかと思われる。

 

北のミサイルがグァム近海を狙っているとのプロパガンダ報道があるが、グァムは日本圏から見て遙か遠方の島ではないのである。

 

事は右派、左派の話ではない。現体制を全否定というアナーキーな人種は別として、多くの人々にとって取り敢えず現体制が出発点のはずである。好戦的、厭戦的な人々は右派にも左派にもいる。現体制を変革しようと活動している人々も現体制から生活の糧を得ている。勘違いをしてはいけない。

 

要するに、地政学とは「ご近所付き合い」を考えることだろう。ご近所には常識人もいれば困ったちゃんもいるのである。この現状に目をつぶっても何も変わらない。この敗戦の日に、地政学的思考法を我々一般市民の常識とするような社会的取組みが必要なのではないか、ということに思いを廻らせてみた。

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