THE HUMAN BODY SHOP

  • 2017.09.14 Thursday
  • 20:19

A・キンブレル 著/福岡伸一 訳『生命に部分はない』(講談社現代新書)

 

この夏のある日、書店で福岡伸一氏の翻訳本が目に留り、氏の翻訳本は未だ読んだことがなかったが、それから一月以上経ってから手に入れた。新書で584頁という分厚い本で、なお且つ文字も小さめということで、本当に読み応えのある本である。読み応えという意味では、量だけではなく質という側面から見ても重い書である。

 

初め目に留った時に購入を迷ったのは、その分厚さと翻訳本であるということであったと思う。3度目位に目にしたときに、チラ読みして、福岡伸一氏に多大な影響を与えた書であることが分かり購入した。本のタイトルは「生命に部分はない」だが、原題は「THE HUMAN BODY SHOP」である。

 

福岡伸一氏は ’95年に『ヒューマンボディショップ』と原題に則したタイトルの本を出版している。その後、原作の改訂があり、改めて翻訳・加筆をして新書版『生命に部分はない』として出版されることになった。タイトルを変えたのは、同じ講談社新書として出版された自らの前著『生物と無生物のあいだ』『世界は分けてもわからない』に倣い、且つこれらの著書に共通する福岡氏の理念に基づくものと思われる。

 

しかし、著者A・キンブレルの意向を考えれば原題『THE HUMAN BODY SHOP』(人間部品産業)の方が本書のタイトルとして分かりやすいかもしれない。実際に読み始めると、その内容の難解さ、奇怪さに唖然とする。主にアメリカ社会の中で起きたバイオテクノロジーと、それに関わるビジネス動向関連の膨大な事象が記されている。

 

まず素人には、バイオテクノロジーに関する生物学的な記述について行くのが困難である。併せて、法律家でもある著者A・キンブレルはバイオテクノロジーの発展に伴うビジネスのための特許取得に刮目し、本書では生物学的側面と法的側面が併行して語られているので、ますます読者の頭は混乱してくる。

 

しかし、ここが核心で、「THE HUMAN BODY SHOP(人間部品産業)」の問題を語るにはこの両面が不可欠だということである。臓器移植から不妊治療、さらに遺伝子操作へと、医療技術のビジネス化は止まることを知らない。本書を読んでこの現実の深刻さを初めて知った(認識した?)。現実は想像以上である。

 

著者A・キンブレルはこれらの現象を「THE HUMAN BODY SHOP(人間部品産業)」と呼んだ。本書にはこのトレンドの推奨派と反対派の人物、組織が描かれている。著者A・キンブレルと、翻訳者 福岡伸一は批判的立場にあり、このことに警鐘を鳴らす。

 

本書を読み始めた頃に、ネットで映画『アイランド』が目に留まり、物語が気になったのと無料だったので、途中早送りしながら視聴してみた。ゲゲッという感じだった。本書の内容にジャストミートだったのである。時代背景は2019年、微妙な時代設定だが、富裕層の医療のためにクローン人間を製造(?)するというビジネス物語(??)なのだが、とても後味の悪い映画だ。

 

wikipedia

 

2019年までに映画と同じ状況になるとは思えないが、もはやこの物語がSFとは言えない現況であることは認識しなければならないと思った。人類として、また個人としても、生命とは何か倫理とは何かを問われる時代に入ったということだ。

 

  • 臓器や組織の効率的な売買のために、胎児の生体解剖が行われている?
  • 凍結されたままの胚(受精卵)に、人権や遺産相続はあるのか?
  • ある調査で、「生まれる子供に肥満傾向があるとわかれば中絶したい」と答える人が11%
  • ヒトの遺伝子をもつように改良された「動物」に次々と特許が与えられる
  • 「背が高くなるように」と、毎日ヒト成長ホルモンを注射する少年

 

本書のオビに記載された見出しだが、多くの人はこれを読んで頭(心)がフリーズするのではないだろうか。じぶんもどう判断してよいのやら躊躇している。また、著者A・キンブレルは、このような社会状況を生み出した根源は十八世紀の思想家たち−ガリレオ、ニュートン、ケプラー、デカルト、ロック、アダム・スミス等−であると言う。

 

彼らによって新しい生命観、「生物体は精妙な機械でしかない」という考え方と自由市場主義が導入され、機械論と自由市場主義のドグマは現在の人間部品産業の双子の基本概念となったというのである。この主張に対しては、現時点でじぶんは違和感を感じている。「では、彼らは存在しない方がよかったのか」という問いに対して答えることができないからである。

 

本書の中でじぶんが最もショッキングだったのは「優生学」のはなしである。十九世紀末にチャールズ・ダーウィンのいとこであるフランシス・ゴルトンによって提唱されたこと、ナチスの優生学的施策についての知識はあった。しかし二十世紀前半のアメリカで、実際にいわゆる不適格者に対する不妊化手術に関する法案が施行されていたことを初めて知った。

 

第二次大戦終了とともに、ナチスのユダヤ人大量虐殺が優生学的施策に決定的なダメージを与えた。しかし今、再び優生学が見直されているのだという。今回は、政治的背景や民族差別に根ざしたものではなく、心身の病気や異常の遺伝的解明という科学に基づいたものと言われてはいるのだが。

 

しかし、著者A・キンブレルは語る。

 

 しかし、その手段が中絶であれ、生殖細胞遺伝子操作であれ、この新しい優生学の流れは必ず、実際の重篤な病気とは関係しない各種の「悪い」遺伝子を排除する方向へ向かうことになるだろう。たとえば、各種の情緒障害とか、行動異常に関係する遺伝子を解明する研究が目下急速に進められている。これらの研究がやっかいな生物学的決定論に再び火をつけることになってきた。すなわち、人間の行動は環境要因ではなく、遺伝的要因によって決定されるという考え方である。

 

じぶんは、個々人の遺伝的影響は一般に考える以上に大きいのではないかと思っている。しかし、その遺伝的要因が現象(各症状等)と簡単な因果関係にあるという感覚はない。そこは、本書の翻訳者で分子生物学者でもある福岡伸一氏の理念に共感する。さらに、A・キンブレルの上記メッセージが投げかける懸念にも共鳴するのである。

 

A・キンブレルは、人間部品産業の考え方から脱却するには、技術至上主義と市場主義によって体を侵食するあり方に対抗する志向改革が必要だとする。具体的には、健康志向、自然分娩、自然食志向、環境運動などを推奨する。じぶんの頭の中では、「THE HUMAN BODY SHOP(人間部品産業)」という社会現象とA・キンブレルの主張する志向改革との間に、まだ強い相関が感じられない。しかし、何らかの関連は否定できないのではないかという思いはある。

 

さりながら、A・キンブレルが最終節であげている「人間部品産業からの脱却」のための十三の施策、そして「からだの無償供与の原則」を確立するための五つの施策は充分検討に値する提案である。

 

このブログ記事を投稿するにあたっては、どのカテゴリーにするか迷っていたのだが、最終的にカテゴリー「社会・経済のはなし」に決めた。このテーマの最深部にあるものは、やはり経済(「市場原理」)だと思ったからである。本書の中に、スミス以後、人間はホモ・サピエンスならぬホモ・コンサプター(消費する動物)になった、という記述がある。

 

アダム・スミス以後に急変したのか否かは別としても、現代の人間社会の中に占める経済(「市場原理」)の役割の大きさは半端ではない。ほとんど全て?かと思ってしまうほどである。ちょっと立ち止まって考え直してみる時なのかもしれない。まだ間に合うことを願掛けて。

 

関連投稿: 再び ”動的平衡” について (2012/06/29)

 


 

生命に部分はない

2017年6月発行(講談社現代新書:amazon

 

著者 A・キンブレル

弁護士、市民運動家、執筆者として、およそ四半世紀にわたり活躍中。1997年には食品安全センターを創設、事務局長を務める。環境保護、持続可能な農業のあり方を訴えている。

 

訳者 福岡伸一

生物学者。1959年、東京都生まれ。京都大学卒業。ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授、ロックフェラー大学客員教授。『生物と無生物のあいだ』『世界は分けてもわからない』、『新版 動的平衡』、『動的平衡2』『動的平衡3』など著書多数。

 

 

 


 

「参考」

 

人間部品産業から脱却のための十三の施策

 

  • 死の定義を脳の高次機能の停止にまで拡張しないこと。
  • 死体もしくはネオモート(生命維持装置につながれた脳死患者)を臓器保存容器としないこと。
  • 死体に対し尊厳ある取り扱いを行い丁重に埋葬すること。
  • 臓器移植研究目的のため、人為的に中絶した胎児を用いることの禁止、この操作に関する倫理問題、法律問題、特に承諾の取り方、胎児を生きたまま摘出すること、臓器供与の強要、胎児確保を目的とした中絶方法の変更、胎児供与に対する秘密報酬などの諸問題は解決不可能であるように思われる。さらに、いかに目的が救命のみであっても、その目的のためだけに胎児を手段として利用することの禁止。
  • 「優秀な」精子、卵子の優生学的使用の禁止。
  • 胚に対する実験操作の禁止。凍結胚にはできるだけ生まれてくるチャンスが与えられるように努力がなされること。
  • 胎児の遺伝子診断(羊水検査、CVS、移植以前における胚の遺伝子診断)は生命の危険がある病気の検出のみに限定して使用されること。出生前の診断が性別、体重、身長その他病気でない形質の判別に使用されることの禁止。
  • 労働者をモニターする目的の遺伝子診断の禁止。雇用、生命保険、医療保険の適用に際し、遺伝子診断の結果に基づく個人の差別が行われないようにすること。
  • 遺伝子工学によって製造された薬物が、差別の対象となりうる人間の形質(身長、肌の色など)を変更するために使用されないようにすること。
  • 遺伝子治療は生命の危険がある病気の治療に限ること。美容目的、身体的特徴の増進目的のために遺伝子操作が用いられないようにすること。
  • 動物のクローン化、生殖細胞操作、およびヒト遺伝子の動物への導入に関してモラトリアムを設けること。この間、徹底した討議を行い、動物の遺伝子操作に関する倫理的問題、環境に与える影響を検討すること。
  • 当面のあいだ、生殖細胞に対する遺伝子治療を禁止すること。どの遺伝子が良くどの遺伝子が悪いのか私たちに判断する資格はない。
  • ヒトのクローン化の全面禁止。

 

無償供与を確立するための五つの施策

 

  • 輸血用の献血を引き続き無償で行う体制を堅持すること。製薬目的、研究目的の商業的血液売買を停止すること。
  • アメリカおよび各国における移植用臓器の売買禁止を強力に支持し、売買禁止の原則を研究用臓器にも適用すること。
  • 胎児組織売買の禁止を強力に支持し、これが順守されるよう監視を怠らないこと。
  • 精子、卵子、胚の売買禁止を実行に移すこと。代理母契約制度全世界規模で停止し、契約斡旋業者に対し厳罰で臨むこと。
  • 遺伝子操作された動物、人間の細胞、遺伝子、胚、臓器など、からだの一部を含むすべての生命形態の特許化禁止を全世界規模で進めること。

 

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